2010
01.30

宮村館

エリア, 東部ブロック, 歴史

宮村館(みやむらやかた)

築城年代は定かではないが南北朝時代に初代宮村地頭であった宇都宮弥三郎通景によって築かれたと云われる。
まわりの地名が、タチ前、タチ下と呼ばれていますので館があったことを物語っています。

平成3年の調査で高さ4メートルに及ぶ土塁が確認されています。
平成4年には、土塁の下から古墳時代の石棺墓が発見されています。

宇都宮神社由緒によれば、元弘2年(1332年)宇都宮三郎通綱が後醍醐天皇の皇子尊良親王を守護してこの地へ下向したことに始まり、その子宇都宮通景が応安3年(1371年)に宮村地頭職となり、肥前宇都宮氏の祖となったという。

宇都宮氏はその後宮村氏を称し、文明7年(1475年)頃に宮村能登守通定が小峰城を築いて居城としたとき、蓮輪館に移ったという。

彼杵郡の武士達の同盟である「彼杵一揆」にも名を連ねている武将です。

先祖の霊を宇都宮神社に祀りました。
また、唐津のお寺に銅の鐘を寄進しました。
この鐘は相知町の医王寺にあり、佐賀県重要文化財になっています。
鐘には永和二年(1376年)の銘と「駿河守藤原朝臣通景敬造」(するがのかみ…)・「肥前州東彼杵庄内父賀志村宇都宮」(ひぜんのくにそのぎしょうないふかしむらうつのみや)の銘文があります。

佐賀県の文化財資料をご紹介します。

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