2010
01.31
直谷城跡縄張図

直谷城

エリア, 歴史, 西部地区

直谷城(なおやじょう)

築城年代は定かではない。 城主は志佐氏で、松浦清の次男貞を初代としており、松浦氏の勢力拡大とともに志佐一帯に勢力を伸ばしここを居城とした。

八代志佐義の時代には壱岐の湯岳を領有して朝鮮貿易も行っている。 明応年間(1492年〜1501年)志佐純勝のとき、大村氏と龍造寺氏の連合軍に攻められ落城、五島へ逃れたことにより直谷城は空城となった。

その後の平戸・田平合戦によって里城の峰氏は田平一帯を松浦氏に譲り直谷城に入り志佐の名跡を継いで志佐純元と名乗った。

寛永2年(1625年)志佐純昌のとき御厨に移封となり直谷城は廃城となった。

0 0 vote
Article Rating
Subscribe
Notify of
guest
0 Comments
Inline Feedbacks
View all comments